記憶喪失の体験記録7 前後裁断

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一過性全健忘になって戻るまでの体験談、その7話目 前後裁断

一過性全健忘

記憶障害の最中は強制イマココ

記憶喪失の第6話までは恐怖体験でしたが、この第7話からは良かった事を書きます。

今この瞬間しか無い世界だった

記憶障害中の私の状況は以下でした。
  • 一瞬前は、記憶から消える。
  • 記憶から消えたと思う事も無いパーフェクトなイマココ。
  • 今しかない。とは、今以外は無いので、今と今以外の区別すら無い。
  • 思えば変な話しだが、今しか無いから今も無い。

厳密には、記憶障害から回復して来た段階で、思考的に上記のような整理が出来た。
記憶障害中は、純粋に今しかなかったのだと思う。

これまで坐禅、瞑想に打ち込んで、今、今、と集中していた時とは全く違う。明らかに体験的に今と今以外が明確になった。

一瞬前も過去

脳が記憶障害を起こしたら、過去の出来事は、本当に消えて無くなる。

わずか一瞬前の事でも完全に忘れ去る。

その忘れると言うレベルだが、妻から指摘されて「つい忘れてた!俺」と思い出すレベルでは無い。

妻から言われても、微塵も思い出せない。記憶にチラッとも浮かばない。記憶と言う存在自体が無い感じだった。

カセットテープを入れてないレコーダーのようなものだった。

自分の数日間のSNSを見ても、その書いた記憶なんて全く思い出せないので、それが真実とは思えない。

誰か他人のSNSを見ている感じだったが、自分のiPhoneで自動ログインしているので、私のSNSだと思う。

それほど完璧に記憶は消失する。

一瞬前すら消失するので、完全に消えて、忘れていると言う状況とは雲泥の差だから。

一瞬前も過去、過ぎ去った過去、リアルな存在では無い。そこが明確になった体験だった。

過去は既に無い

過去を悩み、過去を悔やみ、過去を恨み、過去を怒り、それが致し方ない事だと思っていた。

しかし、それは、こうなって見たら、夢の中と同じありもし無い事に自分の今のエネルギーと今の時間を浪費してたのだと痛感した。

まとめ

坐禅、瞑想を趣味として十年間くらい。

ずっと憧れて目指していた今ここの体験を、記憶障害と言う脳の故障によって半ば強制的に体験させられる事になった。

逆に言えば、自我の努力で体験するのは難しく、自我こそが過去の記憶の集合体だし、私と言う存在感を作る脳の機能だったからだと思う。

今回は記憶喪失を四日間経験した事が私の今後に大いにプラスになったと思う。

一過性全健忘は速い人は8時間で治るらしいが、私は4、5日必要だったが、逆にそれで良かったと思っている。

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