頭の中の無敵状態=負けではなく

ドロドロの末の名案、気分が良くなったのが、この状況下で幸せになっても良いって事だったけど、それなら近い将来に行われる論戦で負けても良いとか、そもそも戦いを放棄して損を自ら選ぶのとは訳が違うとは思っている。
どんな状態でも気分を優先することに価値を見出しただけで、戦いの最中でも可能な限りそうするし、負けても気分だけは持ってゆかれないように、一回持ってゆかれても引きずらないとか、そうしたいと思う。
戦いの備えをするにも、気分までは持ってゆかれないように。
だから勝っても負けても気分は持ってゆかせないのだから、勝敗への拘りは昨日よりは減った気がする。
これだけでも数日間の苦しみは無駄ではなかった。
むしろ、「有難うドロドロの苦しみ」と思うくらい感謝になっている。