言葉で理解しても実践は難しい
スピ系のブログや本を読んでいると、いつの間にか刷り込まれる正しい教えの一つに
刷り込まれると言うと表現が悪いので
- わかった気になる。
- 出来ている気になる。
私の場合は、すっかり、「あるがままを受け入れられている」と思っていたことがある。
それは
私には、
父親や他人の我儘で身勝手な振る舞いも受け入れる覚悟があると、受け入れ理解する懐の広さが出来つつあると思い始めていた。
ところが、それは勘違いだと知った。
友人と突然の別れ
最近、親しくなった主にSNSでのお付き合いしていた友人がいた。
ほとんど毎日、朝から晩までやりとりするので、仕事でもプライベートでも無い共通話題の多い友人だった。
それが、ある日、突然、既読スルーに転じた。
遅れて悟った能天気な私です
最初は、忙しいかな? 後からまとめて返信が来るだろう。
そう思っていた数日間。
しかし、見たらその人のSNSは順調に新規投稿が出ているし、私以外の人との絡みはある様子。
あれれ?私って嫌われた?
最近のやりとりを見直したが、嫌われるとは思えず、私はその人を尊敬しているし、大切な友だと思っているので、それなりに気を配って対応していたつもりだった。
だが、妻に話したら、その人にマウントしていると誤解される言動が最近、2回ほどあったようだ。
完全に誤解なんだけどなあ。腹を割って話し合ったら解決するのではないか?
とは思ったが、そのまま放置する事にした。
あるがままを受け入れるとか言う話に繋がるのは、前置き長くなって飽きたのでまた次回に日記的に書こうと思う。