時々ある人生の災難イベント
自分自身の入院、怪我、病気の検査、そして、それ以上に恐怖するのが妻の健康不安が勃発した時だ。
アラ60にもなると、夫婦ともに時々、互いの健康不安に、そして自身の寿命に恐怖する事がある。
寿命に関わる恐怖の時に真実を知る
もしかしたら自分は死ぬかも知れない
もしかしたら自分はこの先、普通の生活に戻れないかも知れない
もしかしたら妻が大変なことになるかも知れない
日頃、目指す幸せ理想像はゴミ同然になる
こうなった時は、普段目指していた成功者の姿は、幸せの要素として1%で、本当に重要な物は、普通に明日も生きられると思っていられる健康だと知る。
自分の健康と妻の健康、この二つがあったら最高に幸せだと気づくことになる。
ポルシェとか素敵な家とかビジネス成功とか十分な貯金とか、
これさえゲットしたらさぞかし幸せだろうなあ。と思って憧れていた物理的な外的要素だった目指すものが消える。
今日を妻と生きている幸せ
時々だが発生する夫婦のいずれかの寿命に関わりかねない健康不安。
それは、とてつもない不安に襲われるので大嫌いだし避けて通りたいイベントだ。
でも、この恐怖のイベントがないと、今日、妻と普通に生きている、食べて、飲んで、笑って、散歩して、コーヒーも飲んで、そんな当たり前こそがポルシェより豪邸よりも相当大事な要素だと知る事も出来ない。
だが、もう、過去、何度か、繰り返したことだ。
恐怖を味わって、本当の幸せを知る繰り返し。思い出す繰り返し。
今日から先は、妻と今日生きているだけで幸せだと毎日繰り返し思い出す