
今日は整体に来れている
私も妻もここの整体の先生のお陰で普通の動きが出来てます。
本来は放置してたら寝た切りに近いレベルでやばかった。
ここの先生との出会いが無ければ、日常生活に問題ある身体の動き、痛みを抱えて人生の質は全然違っていたはず。
だから、ここに無事に通院できるのかが、我が家の毎週の重要な課題なのだ。
たかが通院で課題とは?
- 長引くコロちゃん騒動の中、少しでも風邪の症状あれば来れない。
- だから朝起きて検温してクシャミ鼻水無い健康を確認するまではドキドキだよ。
- 逆に、先生が体調悪くても休診になる。
- 患者の中に感染者とか出て騒がれても行けない。
- TVで外出自粛とか騒がれても行けなくなる。
だから整体院へ無事に来れたら、それだけで幸せ
でも、実際に無事に整体院に来て待合室に座って待っていると、途端に湧く不安の思考。
- 今日の患者にオミクロンいないよね?
- クシャミ聞こえたよ、誰かな?ここにいて大丈夫なのか?
- オナラ詰まって来た。整体でバキバキされる時に出てしまうかも不安。
- 音がしなくても臭かったら診療室内の先生方と患者数名が窒息して恥ずかしいから2度と来れなくなる不安。
こんな風になると待合室の私の心は、幸せから不安に変化している。
今ある幸せは見えなくなる

目的だった整体院へ無事に来れたら、今その幸せは当たり前になり見えなくなってしまう。
この先の将来への不安探しに、リスク回避に余念の無い思考さんでした。
せっかくの整体に来て、施術受けられる幸せと、先生への感謝の時間に何やってんのかなあ。
この後の思考さんもよく見れば同じ
帰り道、数本のルートがあるが、どのルートにしようかな?
考える時、このルートは右折は怖い、あっちは渋滞が心配、嫌なことばかり基準にそれ避ける為の判断ばかり。
このコースは好きとか良い気分が基準では無いんだなぁ。
こんな私でokと許そう。