不安になる思考を辞めたら消える
コロナ自体の不安
コロナ真っ最中の現代では、感染リスクも怖いので買い物に行けば他人が全員コロナウイルスに見えてくる。
それと同時に自分が家族や知人に対して一番手となったら、知人の間での大迷惑な感染源になってしまう事の恐怖もある。
お金の恐怖
コロナその物の恐怖よりも一層大きなのは、ビジネス停滞してお金が無くなる恐怖。
お金が無くなる事自体よりも、もっと怖いのは他人の目。
親戚や知人に「食べ物かお金を恵んでください」と言うのは、自我的には死ぬより辛い気がする。
日本人全体が貧乏するなら良いけれど、公務員や一流企業の人、年金生活者が今のまま安定していて、自分のような自営業とかだけが貧乏になるのが一番怖いかもしれない。
要約すれば他人の目、他人の迷惑になるのが怖いんだと思う。
恐怖は自分の中にある
上記の2種類の不安なんて、あって当然で、その強大な不安に対して何の疑もなかったけれど、不安になるのを辞めたら一瞬にして消える。
自分の頭が不安を作っているのが良くわかった。
仕事が停滞しているから今日も売上が無いのに、備蓄や生活費でお金が一方的に減って行った。
それは事実で数字で示せる。
けれども将来の貧乏になるイメージとか不安は頭の中にしかない。
その不安になる思考を辞めたら不安が消える。
数字で示せる事実と頭の中で付け加えた不安をゴッチャにしていた
不安はツール
ウイルス感染の不安、お金の不安、この二つは、決して無駄な思考、無駄な不安では無い。
生存本能として必要な不安だと思う。
問題なのは、ずっと不安の中にいる事
この手の不安は、生きる為にすべき事を考えるトリガーに使うだけで良く、ずっと不安感の中に居座る必要は無い。
一日中不安がっていたらお金が入ってくるなら何日間でも不安に浸かる。
不安でいる方がビジネスのアイディアが湧き出すならどっぷり浸かるのも良い
だがしかし
そんな不安一色の状態で毎日生活していたらロクなアイディアは沸かないのは予想が付くし、身体の免疫も落ちて感染リスクも高まるだけで損するばかり。
拾い物かも
ところで、不安を考えてない時は、不安が消える。
こんな事で不安が無くなるのは、意識のデフォルト状態が安心だったからなのかも知れない。
なるほど、デフォルトが安心だから、不安を感じる事が出来る。
自分が不安の塊なら不安なんて感じることすら出来ない。
ここまでは安心を探して先を急いで来たが、自分が安心だから外側には見つからないだけだったのかも知れない。
今日からは不安になったら、必要な不安は感じて、そのあとは不安になるのを止めるだけでデフォルトの安心感のお風呂に入れるのか?試してみたい。
安心とは、不安を感じて無い時で、安心も不安も考えてもいないアイドリング状態なのかも知れない。