普通が幸せって思い出した
最近は普通の素晴らしさを忘れ初めてた

コロちゃん禍だし、ビジネスの回復も無いし、趣味として絵の勉強もしたいけど、全然実行してない、何も無い、ただ起きて食べて寝るだけの1日が増えている。
これじゃダメだ
気持ちを先々ではなく今に集中
趣味の坐禅、瞑想の時間帯外にも意識を今に向ける。と言っても私には日常の生活の最中で今に止まる意識のやり方が分かってないので、単純に五感の感覚に意識を合わせることにしている。
五感を感じている最中は、思考(未来、過去)に飛ぶことが出来ないから。
何でも無い1日が生きる基本
今の感覚の集中していると、今にある素晴らしい事が再び見えて来た。

何でもない普通の一日こそ、最も大切で素晴らしい物がいっぱいだ

この普通の1日があったら満点で、その素晴らしさに比較したら、ビジネスの成功や自己啓発の進展は牛丼の紅生姜程度の話だと思う。
この気持ちを忘れないように、日記に書いておこうと思った。
普通の中にある大切なこと

朝の目覚めから10分程度の間で見つかる普通の中の大切な事。
- 朝に目が覚めた
- 喉が痛くない
- 普通に空気が呼吸できる身体
- 美味しい空気がある空間
- 風雪から守ってくれる家で寝ていた
- 暖かいベッドで寝られた
- 起き上がって歩ける足がある
- 腹痛もない
- 階段を降りられる膝の健康がある
- 暖房が暖かい
- トイレがある
- トイレが壊れてない
- 水洗トイレの水が出る
- フルオート便座がある
- フルオートの動ける電気が来ている(世界平和があるから)
- ウンチが出た幸せ
- おしっこが出た幸せ
- その間、お尻も痛くない健全な痔
- 妻も元気に目覚めた朝
ビジネスでの成功よりも大事
朝の10分間リストは、些細な日常で、当たり前でリストに書くのも馬鹿らしい。
けど、
ビジネス成功とかお金持ちになるとか、そう言う部分が叶っていても、このリストが出来てないと意味が無い。
本当に大切な生きる基本は、リストの方で、対外的に目立ってカッコが良い成功者とか金持ちとかの部分は、普通の日常の生きる事が出来た上での遊びみたいな事だと思った。

基本に幸せを感じられる日常の今があってこその楽しい成功、楽しいお金を使うことが出来るんだと思う。
私はまず最初に幸せを感じられる日常を大切にして、その上で余るほどのお金が回ってきたら嬉しいなあ。