ほぼ誰も見ないブログを続ける意味
その上で、このブログは、ほとんど誰も見ないブログで、ほぼ私の個人用オンライン日記状態。
でも、文章には敬語を使ったりしているのは、少しでも見てくれる人がいるし、もっと増えても困らない配慮。現状閲覧数を見ると少しは恥ずかしい気もするけど。
でもブログを書いて来て良かった
この一週間くらいの間、気分ドロドロから抜け出せないほど悩んで、そんな中で自分のブログを読み返した。
自分の昔の言葉なのに、それが凄く参考になったりした。
このブログを継続して来て良かった。消さないで残して来て良かったなあと実感した。
これがもし、公開するブログでは無く、Mac上のメモアプリとかに書いていたら、こんなに継続してこれなかったと思うし、仮に継続したとしてもモチベーションは違っていたはず。
日々の自分の心を観る努力はここまで出せなかったはず。
体型もそうだけど、他人が見る前提に立つと、違って来るけど、心もまた、ブログで公開する覚悟があると、心の体型?みたいなのを良く観ることが出来る。

当時の自分が苦しんで書いた事が、今再び自分に役立つ
このブログは、引き寄せ素人の私が、それと精神哲学みたいな本を勉強するのが好きな私が、人生半世紀を過ぎても、なお悩み多き人生の中で書き留めた自分の為の備忘録。
それが、もし、誰かにも参考になったらも思いながら恥ずかしいの我慢して公開してきた日記帳。
一瞬前は他人と言うけれど、本当にそうだと思う。
他人のブログや著書も読めば救われたりホッとしたりしたけれど、自分が体験した過去記事は、有名な人の書いた事よりも自分に合う言葉だから良かった感じ。
と、同時に自分が当時、こんな事を体験的に知っていたんだ。と言う驚きもあった。
その時の体験も気付きも、もう、すっかり忘れていたので、自分のブログも時々読み返すのは大切だと思った。