人から聞いた景色ではなく、自分で見た景色になった

自分責めの天才が頭の中で頑張っている私ですが、個人セッションで人生初のホッと体験をしてからは、ホッとするの意味、その場の景色がやっと理解されました。
今までは、下山する人から山頂の景色を聞いて、山頂の景色を見たつもりだった。
ホッとすると言う当たり前の言葉だから、ホッとするなんて知っていると思ったが、実はホッとするには段階がありそうだ。
過去の私は丘の上の景色しか知らなかった。
今は、個人セッションの恩恵で、町の1番の山の山頂の景色は見た程度だろう。
まだ私の見ている景色は旅の途中経過である可能性が高い。
今登ってきた山頂の先には、更に高い山の山頂が見えて来たと思ったが今日のブログを書く理由です。

自分責め→許可→ホッとする→自分責め 日々の繰り返し
そうは言っても、長年自分責めばっかりして生きて来たので、自分責めしても気がつかないって事が多い。
あるパターンの自分責めは気付けても違うパターンで無意識に自分責めしてしまうとか。
その繰り返しで、少しずつ自分責めに気付ける頻度が上がって来たように思う。
今日現在も常に今は自分責めしてない状態に戻すの繰り返し作業。
ホッとする深さの変化
先日、ここでは書けない(万一のバッシングが怖いから)内容だけど、自力ではどうしようもない不安材料を抱えた日があった。
もう、私にはどうしようも無い状況になった。その先に影響する将来がお金も仕事も不安だった。
この状況の自分にそのまま許可した。
自分で自分に許可しただけで、そんなのは社会的には無意味な許可なんだけど。
めちゃくちゃこれでホッとした。

自分が現状のトラブル中の自分に許可するだけで、かなりホッとする。
ホッとするってレベルが深くなった気がした。
昨日まで深さ10cmだったのが、今回のは深さ50cm深い安心感だった。
頭の中だけは自分でホッとさせられる?
だが、人生に多大な影響がありそうな場面ですらも簡単にホッとした体験は貴重だった。
とりあえず、この経験を活かして、いかなる場面でも自分自身で出してみたいと思う。