若い頃は当たり前→今思えば幸せだった
当たり前すぎる事が、後になって幸せな状態だったと痛感した
- ワインボトル何本も美味しく飲めた → グラスワイン数杯で限界
- 日本酒一升瓶が美味しく飲めた → 一合で十分でそれ超えたら明日が辛い
- 食い放題、飲み放題で元が取れるだけ美味しく食べた → 絶対に無理
- 毎朝、快便で当たり前 → 数日便秘なんて当たり前
- 髪の毛が沢山あって当たり前 → 髪の毛が薄くてハゲの不安
- 筋肉モリモリ → 多少の筋トレでは減る一方
- 片足でケンケンで50m位平気 → 片足けんけんは一歩も無理
- 重い荷物を無理しても平気 → 腕や腰を痛めて数ヶ月後悔する
- 階段は上りより下りが楽だった → 上りも辛いが、下りは膝に負担がある
- 腹八分なんて無視 → 腹八分を超えたら胃もたれする
今まだある幸せを堪能する
自分より10歳、20歳以上も上の人を見て知る事が出来る、私が今ある幸せを大切にする。
- 車の運転が出来るから好きな時に好きな場所に行ける。→ 運転できない高齢者から見たら路線バスは時間も経由地も不便で使い物にならない。タクシーも捕まらない。
- 夫婦で生きている。→ 高齢者はパートナーと死別している人が多い。
- 夫婦喧嘩する元気がある → パートナーが死の病だったら喧嘩する気にもならないらしい。
- 夫婦で病院通いの日々ではない → 両親は毎日のように通院で1日が終わる。
- 元気に歩いて行ける。→ 私は今でも足腰が弱いと思っているが、より高齢な人から見たら元気で屈強な肉体に見えるそうだ。
- 仕事(すべき事)がある → 年金生活になると、日々のすべき事がある方が羨ましいらしい。
- 耳が聞こえる → 両親は耳が遠くて不便している
- 目が見える → 両親は様々な目の病気で大変そうだ。
- 記憶力がある → 両親は日常的に物忘れが多くて大変そうだ。
- 理解力がある → シンプルな短い話しじゃないと理解不能だ。
自分の未来に後悔しないように
私が既に失った当たり前が沢山ある。
それらが今思えば幸せだったと知るが、当時は当たり前過ぎて、何も思わず目にも止まらずだった。
失って初めて知った幸せを知った。
幸せは失って初めて知るんだ。この失って初めて分かる「経験」が今の私にはある。
今、肉体が出来ることを、当たり前と思わずに、感動して、喜んで体験したい。
うわ、妻と二人の時間が幸せだ
うわ、朝日が今日も見える
うわ、階段を元気に下りられる。
うわ、空気が吸える。
うわ、Macを使える。
うわ、車でお出かけしている。
うわ、ブラインドタッチでブログ書いている。
