あるものについてサルの考察と美味しいピザ

今既にあるiPadの事をサルは思った
サルはiPad Proが今既に手元にある。
でも、サルはiPad Proは大きくて持ち歩きに適さないからiPad miniも欲しいなと最近考えていた。
iPad Proは2年前に買った時はワクワクだったのに、今では手元にあるのが当たり前になった。
あって当たり前、使って当たり前、だからトラブルが出たら、クソ、この役立たずって怒りそう。
iPadは、サルの生活の中で無くてはならない存在なのに感謝を忘れてる。
iPadはまだマシな方
感謝を忘れて、いつの間にか当たり前ってパターンは、
iPadばかりじゃ無い。それどころかiPadはマシな方だった。
自分の手足、妻の存在、これこそ当たり前になってしまう代表格。しかも無くなったら耐えられない大切な物。
足が不自由になると、足の普段の有り難みを実感する。でもそればかりでは無く嫌な気分になる。
そう言えば、ウサウサが病気の時、ウサウサの大切な事を思い出して死ぬほど心配する。その一方で、なんか嫌な気分になる事がある。
馬鹿だよね。ウサウサは何より大切。
サルは幸せの海の中にいる
こうして見渡すと、サルの身の回りは感謝の対象ばかり、幸せが当たり前な場所だ。
加えてサル自身も幸せ者だから幸せを見失い易いのか。
魚は海の中にいる事を知らないと言うよね。そして釣り上げられて苦しくなって海を見る事が出来るってさ。
サルは幸せの海の中にいる。幸せの海から釣り上げられて苦しむ前に、幸せを感じて意識的に生きてゆきたいな。
今夜はウサウサのピザだよ。ワインもつけようかな?
偉そうな事を言う前に、美味しい物をちゃんと味わう。
