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よい気分は自分で選べる 実験6日目(2020/01/11)

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良い気分は自分で選べる

長年、坐禅瞑想をして来た恩恵かも知れませんが、こうして実験開始して常に気分を良く保とうと決めると、それは思っていたよりも簡単に出来る事を発見。

観照と言われる思考を客観視する視点を知っているので良かったみたい。

良くありがちな落とし穴は、思考を監視する思考に騙されるパターンですが、そんな穴に落ちる事もなく、思考を監視する思考も眺めつつ過ごす。その為の観照に徹する動機として、よい気分を保つが役立っている感じです。

例えば、夫婦喧嘩モードに一瞬なっても、その気分を引きずる事も無くなる。

何かで不安に襲われても、冷静に思考を見て、思考を選択して行ける。

不安になるのは、不安になる失いたくない物や人がある訳で、今あるその幸せのにフォーカスしたら感謝したら大丈夫。

何があっても気分を保つ事を最優先にしていると、台無しの気分に浸っている暇は無い。

瞬間的な反応は別問題

「観照モードでいたら良い気分を選択する事は思った以上に簡単だった」

とは言っても、常時ブレない事は無理。思考は我が身を守る為の自動判断プログラムだから、次々とやってくるイベントに自動反応する。

思考それ自体が、自動反応プログラムなので、自分で自分を止める事は出来ない。ベロはベロ自身の味を感じる事は出来ないのと同じ。

危険な車の割り込みをされたら思考は

「バカ死ね!」

って瞬間的に反応する。

中央線をはみ出してくる対向車がいたら、当たり前に事故死の恐怖に襲われる。

肉体を守り、自分の立場を守る為に自我は思考は自動反応してくれる有難いプログラムだから瞬間的な反応なら仕方ない。

実験開始前と明らかな違い

良い気分を保つ、この引き寄せの法則の実験をスタートしてから以前とは違う事。

それは、はみ出して向かってくる対向車に恐怖は感じるけれど、その瞬間だけで終わり。

無事にすれ違った後は、その車に対する恨み事、長ったらしい悪口は言わないし、意識も向けなくなった。

命の危機に遭ったんだ!あのバカの為に!俺は被害者だ!

と前なら正義感に燃えて許せん、許されない、とか自己弁護に勤しんだ思考パターンでしたが、今では、引き寄せの法則的に自分が大損コクと分かったので、バカの為に大損するのは益々嫌だから即切り替えてます。

厳密に書くと瞬時では無く

「あのバカは免許証返納したら良いのに!」

と言う程度は口から飛び出すけど、

以前のように、その後の時間も5分間とか、その先まで思考を連鎖的に湧かせて、なが〜く引きずって、あーだ、こーだ、とか考えてしまう事はやめた。

その暇があったら、むしろ楽しい事を探して、意識を楽しいにフォーカスするようになった。

今から行くプールの事とか、今日も無事にプールに向かえる幸せとか。

だって、プールに行くには、今日健康な事、今日お金がある事、今日車が動く事、今日時間が自由な事、スポーツクラブが営業している、水道局が水を供給している、ボイラーが温水にしている、多くのありがとうの積み重ねでプールに入れるから。とか。

感謝は沢山湧いて忙しい。

だから、1日トータルで見たら、無駄に嫌な気分でいたり、他人を非難したり、監視している時間が激減したと思う。

勿論、自分自身を監視したり非難したりする事も激減して来た。

意外とこの自分自身を優しく扱うのも大事かも知れ無いと思うようになってきた。

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