感謝すべき対象こそ見えない

妻の自家製肉饅

噛めるアゴがある感謝

妻の自家製肉饅

こんなの語っても、それは極端な感謝探しでしょう!

そう思うはず。

これではやらせ記事、わざわざ頭で考えた、思考を駆使して探しただけの感謝ポイントでしょう?と自分でも思っていた。

違う、本心から自然に湧いた感謝

実は、今朝起きたらアゴが痛くて。片方の顎の骨が変なので、会話も食事も困難。

柔らかな饅頭すら食べると苦痛がある。まんじゅうは柔らかいので、噛まないでも大丈夫だけど癖で咀嚼すると痛い。口の中で溶かす感じで飲み込むしかない。

なんか食べた感動がない。つまらない。痛い。

アゴが普通に動いていた昨日までが、なんて素晴らしい、なんて快適だったのか!

と痛感中なのです。だから本心から湧いた感謝の気持ちが、

顎さん、いつもありがとう。

痛みもなく咀嚼してくれて、美味しい食事を堪能させてくれて。

寝るときも横向きになっても気持ちよく枕に頭を乗せられたのは、顎が正常だからでした。

何もしてない時も、顎が痛いと気が重い。普通の気持ちで過ごせるのは顎も正常だったからでした。

大事な事は見えなくなる

以前にも、大切なものほど、身の回りに透明になるほど当たり前に寄り添ってくれてるから見えないって書いた。

だから大切な物、失ったら困る物ほど、実際は失わないと気付かない。

そんなブログを昔に書いた記憶はあります。

しかし、喉元過ぎれば何とやら。

アゴが使えるなんて、さすがに感謝の数には入らなくなっていた。

顎の痛みも良いと思えば良い

顎が痛む、この不便な今日は、一方では感謝が見えて来たから物凄く幸せな気持ちも同時に運んで来た。

表裏一体なんだと実感する。

良い出来事だった。悪い出来事だった。

自分の視点がどうなっているかで変わる物だった。

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こんな人が書いてます

お気楽ポチ(シバ犬になりたい)
お気楽ポチ(シバ犬になりたい)サイト管理者
凡人で、高齢者(定年退職の年齢)で、特別なにも無い人、いまさら引き寄せの法則に興味を持ち実験して果たして物になるのか?
ポチのアメブロのやってます。
ポチのアメブロ

そんなブログですが、今更ブームも終盤の引き寄せの法則に、高齢者が実験中のブログ公開して誰が見るのか?

とか言っている間に、実験スタートしたばかりでコロナ時代になって景気後退、さらに痛風に襲われて死ぬほど痛い中でも気分だけは俺の自由だと強がっている。
そして誰の役に立つのか?
と言われそうですが、それは私の役に立つからです。

ブログを書こうと決めた事で、日々の生活の中で思考を眺め続けるモチベーションになる事を発見!

引き寄せに大切な良い気分の選択を持続する為のモチベーションにつながるからです。

引き寄せの法則的なブログの人や著者達は沢山いるけれど、彼らの人生を読んでみると、子供時代から普通と違っていたりして、そもそも最初から違うんじゃ無いか?彼ら彼女らは特別な人類だと思うエピソードを目にする都度、この人も別格か。そう思ってゲンナリします。

それでも諦めきれない私がいます。

超凡人だし、間もなく定年退職年齢だから若人と違って知識と経験と体力をこの先に付けられる状況にない。こんな私にも引き寄せなんて出来るのか?常識的に無理すぎる現状からスタートする引き寄せ実験をブログに加えました。
アメブロは主として自分の備忘録として他人の興味あったブログをブックマーク目的で活用中。

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