正しさより楽しさを優先したい

正しさを基準に生きてる癖がある

ここ数日の間に、買い物とかでクレームを言いたくなる状況に数回も遭遇していました。

多分、その内容は100人に聞いたら大半の人が私の立場を指示すると思うほど、正義と言うか正しいと言うか常識で言って被害者だとは思う事でした。

私は熟慮した上で、我慢して泣き寝入りとか遠慮せず、お店に(会社に)言うべき内容だと判断しました。

もちろん、お金を払った対価として不適切だから言うし、お店の為にも必要情報だから伝えると言う善意でもあるし、そもそも自分が我慢したく無いので言いました。

でもオカシイ

我慢しないで言うようにしているけど、我慢せずに言っている割には気分が悪くて。

何か変だぞ。と気がついた。

我慢しないで言った結果が気分悪いぞ

千円の正義の為に自分の気分を悪くする?

とある有名ケーキ屋さんのイベントで一個千円のケーキを買ってきた。
多少、傷んだ材料が混入していて、でも、多分、食あたりするほど傷んでは無いと思うが、食べる気にならない。

高品質が売りのお店にしては問題だと思った。

イベント会場だった購入した百貨店に返金してもらいに行こうか?
と思ったが、出店しているケーキ屋さんに先に言おうと思った。

素晴らしい頑張っているお店だとは思うから、こんな問題を知らずにいたら気の毒だと思ったし、お知らせしたら今後の情報としてとても助かったと経営者から喜ばれると思った。

詳細なレポートを書いて、お店のHPから報告したのでした。

そこに要した時間は1時間くらい。

私の脳味噌をフル稼働して書きました。

そして、きっと情報提供が嬉しくて、更に迷惑と手間をかけたからと、何か代わりのケーキ(+α)を食べられる?とうっすら期待した。(笑)

結論は期待外れ

結論ですが、ケーキ屋さんの責任者から電話が来たけど、私以外からクレームが無いと言う事で、私が良ければ、この件はこれで終了で以後お店からは連絡を入れないとの事。

食べられないケーキが、たまたまの一個だとしても、これで終わり?

正直、最低限でも返金は必須だと思っていたので、あまりの予想外に私も頭が回らずに快諾してしまった(笑)。

私の詳細なレポートは他にクレームが無いと言うだけで無視して終わり?

もしかした私は、クレーマー扱いなの?

そんな疑問とイライラが頭の中に反響してました。

全ての時間が気分悪いだけだった

気分が悪いままだった
  • 鮮度の悪い素材が混入していたケーキを口に含んだ瞬間
  • お店に詳細レポートを書いている間
  • お店の責任者と話終わって、返金も無いと知った時
  • こんな無責任なお店が有名店で良いのかと怒った時
  • こうしてブログにして記憶が蘇った時

全ての瞬間、嫌な気分で過ごしていた事に気がついた。

こんな事なら、おいしく無いケーキ、鮮度の悪い具材の乗っているケーキを、ただ廃棄して、他の美味しい物を食べて、気持ちを美味しいにフォーカスしたら良かった。

それなのに、トータルで一日全部無駄にした勘定だった。

なぜ、1日無駄に浪費したのか?

正義、正しさが基準だったから

私の半世紀を超える人生の判断基準として、

正しいか否か

正義か悪か

親切か不親切か

常識的か非常識か

損か得か

特に上の赤い枠で囲んだ観念が強烈

有名百貨店の催事で、有名ケーキ屋さんの出店で、腐りかけたケーキを出すなど正義とは言えない。

間違いは正さないと正義が通らない。

一個千円のケーキ代金が返金すらされなかった損した感覚。

正義を貫いた代償として、気分の悪い1日を過ごした

私は、正義と千円を守る為に、1日の大半で気分を害してしまった。

私の気分の良い1日と千円はどっちが重要なのか?

私の気分の良い時間と、正義はどっちが優先なのか?

私は正しい行動と楽しい行動とどっちが好きなのか?

今までの人生は正しさ、正義、名誉が大事だったが、これからの人生は楽しいことが最優先で、自分の気分良い人生を少しでも多く過ごしたい。

本気でそう願うようになった。

故に、今回の数日間でクレームしたい嫌な買い物が三連続だったのは、今となっては良い流れだった。
私は、この数日は気分を害したかもしれないが、この先の人生は、変わったと思う。

シバ犬ポチの幸せ
シバ犬ポチの幸せ

この先の私の人生目標が見えた
正しいことより、楽しいこと。
損得より、自分の心が幸せかどうか。
名誉より、自分が喜ぶかどうか。

こんな人が書いてます

お気楽ポチ(シバ犬になりたい)サイト管理者
凡人で、高齢者(定年退職の年齢)で、特別なにも無い人、いまさら引き寄せの法則に興味を持ち実験して果たして物になるのか?
ポチのアメブロのやってます。
ポチのアメブロ

そんなブログですが、今更ブームも終盤の引き寄せの法則に、高齢者が実験中のブログ公開して誰が見るのか?

とか言っている間に、実験スタートしたばかりでコロナ時代になって景気後退、さらに痛風に襲われて死ぬほど痛い中でも気分だけは俺の自由だと強がっている。
そして誰の役に立つのか?
と言われそうですが、それは私の役に立つからです。

ブログを書こうと決めた事で、日々の生活の中で思考を眺め続けるモチベーションになる事を発見!

引き寄せに大切な良い気分の選択を持続する為のモチベーションにつながるからです。

引き寄せの法則的なブログの人や著者達は沢山いるけれど、彼らの人生を読んでみると、子供時代から普通と違っていたりして、そもそも最初から違うんじゃ無いか?彼ら彼女らは特別な人類だと思うエピソードを目にする都度、この人も別格か。そう思ってゲンナリします。

それでも諦めきれない私がいます。

超凡人だし、間もなく定年退職年齢だから若人と違って知識と経験と体力をこの先に付けられる状況にない。こんな私にも引き寄せなんて出来るのか?常識的に無理すぎる現状からスタートする引き寄せ実験をブログに加えました。
アメブロは主として自分の備忘録として他人の興味あったブログをブックマーク目的で活用中。

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