瞑想、新たな楽しみ方を発見

私の趣味は瞑想、坐禅

坐禅瞑想を趣味にしてから十年以上です。

我が人生でこれほど飽きない、クセになる趣味はありません。

  • 朝起床した直後の5時から30分or1時間の瞑想で良い感じの一日のスタート。
  • 夕方、4時くらいに風呂に入ってから30分or1時間瞑想。

この日課が毎日欠かさず継続されてますが、義務感はなく、逆にやらないと耐えられないほどに心地よい。

至福の時間

毎日朝夕の瞑想時間、その時だけは思考人間の私でも思考から離れ、思考の語る雑音から離れ、他人事としてリラックスできる。
この感覚が癖になって、やらずにいられない大切な日課になってます。

これと言うのも、本来私は、思考人間で、普通に生きていたら頭が疲れるからだと思います。

夕方の瞑想時間が待てない

今日は精神的に大変疲れて、もう待てない。

今すぐ瞑想したい、

瞑想場所に今すぐ避難したい

今から瞑想時間を取りたい!

心底そう思った日がありました。

辛い私

もうダメだあ〜、今すぐ瞑想場所に行って、瞑想体制に入って、瞑想したい!休息したい。

辛い私

だが、しかし

今、目の前にすべき事が有る。

焦ってる。

これは呑気に瞑想する暇はない!

単なる思い付き

閃いた私

パニクって対応しても、

落ち着いた心で対応しても、

すべき事は同じ

思いついた

マインドは、すべき事をやれば良い、

マインドは、焦ったって良い、

でも、意識だけは今すぐ瞑想状態に

意識だけはマインドから離れて、瞑想状態(観照状態)でリラックスしても良いんじゃない?

働くのはマインドだけで良い。

こんな閃きがあったので、早速実践してみると悪くない感じ。

今、ここで、瞑想

言葉を整理

人によって瞑想、私、マインド、自我などが色々な解釈でグレーなので、この記事での使い分けは仮に以下にします。

賛否両論だと思うのですが、ここでの定義として。

  • マインド=私=自我=思考=記憶の集合体=言葉の集合
    今までの人生で私だと思っている存在が単なる思考(記憶)

  • 意識=真我=観照視点
    思考を眺める、思考その物から離れ眺める視点

すべきことに追われている最中だから

私(マインド、自我、思考)は、すべき事を頑張るしか無い、これは人間業界のルール(義務)

でも、意識まで、その私(思考)に同化して、本気で疲れて一日を過ごす義務は無い。

意識は思考を他人事のように眺めても良いはず。

と語る思考(言葉)も眺めつつ。

これが瞑想、坐禅の視点で、キチンと座ってない時でもその心境になっても良いと思った。

まるで、いつもの瞑想状態と意識的には近いリラックス感覚が訪れた。

それはずっとじゃなくて、すぐに忘れて思考に同化して疲れるけれど。

気づいたら、思考から離れる。

この繰り返しが、疲労回復に良かった。

従来の瞑想は

静かな場所でひとりになって、肉体的にリラックス体制を準備してから

クリスタルボウルなど音楽をかけて

タイマーを設定して

目を瞑るか半眼で

今から瞑想するぞ!

と意識してから観照意識に入る。

今日の瞑想は

すべき事に終われた状況下で、

その作業を止める事なく

意識だけが思考から離れてリラックス

マインドは焦っていても、意識の視点、瞑想状態に入っても良いのだと。

思考から離れたことでリラックスしたような気がする。

今後の課題

長い瞑想習慣の中で、日常時間帯が私のウイークポイントだった。

ついつい呼吸する事すら忘れるほどマインドに意識が同化してエネルギーはダダ漏れの生活だった。

だからこそ、瞑想の時間が至福のときで、長い間、飽きずこともなく、嫌にもならず、むしろやりたい事として継続できた趣味。

今日は、初めてパニックになりそうな場面で、意識が思考に同化せず日常の一つの節目を過ごせた。

今後の課題としては、このような日常瞑想もどきを出来るだけ増やしたいと思う。

その為にも、呼吸が止まっているほど身体がこわばっている。

それに気づかないような間抜け時間は減らしたい。

サルの一言

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サル船長とウサウサ航海士
サル船長とウサウサ航海士