快便が幸せだと思う年代になった

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新年に入って初の快便

今日1/7の朝は、久しぶりに

超快便でした。

朝っぱらから「書くべき単語では無い」かもしれないけど、ちょう幸せでした。

ご機嫌な私

若い人には快便が当たり前で、快便なんて概念すらないと思いますが、五十を過ぎた辺りから、数日程度、便通がない日々もしばしばです。

快便なんて最高で、少しでも便通があったら嬉しいのです。

そんな年代に入った私には、快便だった今朝は超幸せなのです!

若い頃には無かった幸せ

今朝はおそらくは1kgくらいの快便でした。
新年になってから便通が無かった私には、とてつもない爽快感でした。

ブログに書くほど嬉しい、爽快感、幸せな快便

若い頃には、便秘がないから、快便と言う概念も無かった。若い頃には便通って単なるトイレの用足しに過ぎない事だったのだろうと思う。

快便と言う概念があるためには、便秘が必須で、2つでワンセット。

快便だけが欲しいと言ってもそれは無理。

快便と便秘は一緒なんですね。片方では存在しないって事は快便と便秘は2つで1つなのか?

どう考えても快便だけで良いな。いや快便だけの日々になると、快便と言う事を忘れて当たり前になるから、快便が消えてしまうのか。

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