頭の中はラジオみたいだ
自分の声で色んな解説、批評を聞かせてくれるラジオ。だいたいはTVニュースと同じで怖い事を中心に放送している。

このラジオなぜ、壊れかけと言うか?
頭の中のラジオは、鳴るのを止めようと思っても、鳴ることを止められず、勝手になり続けている困ったラジオだから。
きっと、このラジオが止まる時は、死ぬまで無い。生きてる間に止まるとしたら悟り、覚醒体験って事なのでしょう?
私も坐禅瞑想の目的は無思考、悟り、覚醒でした。
でも、瞑想生活も10年を超えたあたりから悟りは諦めたので、坐禅の目的は、いつの間にか坐禅自体になってしまいました。
このラジオ放送の雰囲気
苦手な人が近くに来ると
また、意地悪を言われるぞ!と脳内に流れる。
仕事の遅い人を見ると
こいつはノロマで無能だと解説が入る。
知識として知っている物を見たら
「これはXXとだ」と語る。
これは全部、私の意思で話しているのでは無く、
気付けば頭の中で既に流れている。
止めようとしても、勝手に語り出す。
このラジオ、消そうとしても無駄
ラジオを消そうとすると、どうなるか?
「今、私はラジオを消そうとしています」とラジオ実況中継されるだけで、消すどころか、逆に語らせてしまう。
思考は、私の支配下ではなく、私も思考それ自体だから止められる訳がない。
目玉は目玉自身を見れない、舌は舌の味を味わえない、同様に思考も思考自身をコントロールは出来ない。
坐禅で思考から意識が離れると、その様子が見えて来た。
観照視点になってる時だけは、思考に飲み込まれにくくなったがラジオは止まらない。
離れて見る事だけは忘れないようにする。