壊れかけのラジオ

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頭の中にはスッチが壊れたラジオ

ポチ
ポチ

頭の中に壊れかけのラジオがあると思う。

頭の中はラジオみたいだ

壊れかけのラジオ
スッチが壊れて切ることができないラジオ

このラジオなぜ、壊れかけと言うか?

頭の中のラジオは、鳴るのを止めようと思っても、スイッチが壊れたのか?
鳴ることを止められず、勝手になり続けている。

きっと、このラジオが止まる時、覚醒体験って事なのでしょう?
私も坐禅、瞑想を趣味とした当初の目的は、ラジオが止まる状態が体験したかった。
坐禅の目的は、いつの間にか坐禅自体になってしまいました。
勿論、今でもそれは体験したいけど。

このラジオの動作は

苦手な人が近くに来ると

また、意地悪を言われるぞ!と脳内に流れる。

仕事の遅い人を見ると

こいつはノロマで無能だ
と解説が入る。

知識として知っている物を見たら

ラジオの解説者が、「これはXXと言う物体だ」と語る。

これは全部、私の意思で話しているのでは無く、
気付けば頭の中で既に流れている。
止めようとしても、勝手に語り出す。

このラジオ、消そうとしても無駄

ラジオを消そうとすると、どうなるか?

今、私はラジオを消そうとしています

とラジオ実況されるだけで、消すどころか、逆に語らせてしまう。

思考は、私の支配下ではなく、私も思考それ自体だから止められる訳がない。
目玉は目玉自身を見れない、舌は舌の味を味わえない、同様に思考も思考自身をコントロールは出来ない。

坐禅で思考から意識が離れると、その様子が見えて来た。

ポチ
ポチ

観照視点になってる時だけは、思考に飲み込まれにくくなったが
ラジオは止まらない。
これは致し方ないが、離れて見る事だけは忘れないようにする。

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