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大好きなハッピーさんの言葉を誤解した私
目に見える5%より、見えない95%(エネルギー)を大事にする
みたいな話がありました。
私は、YouTubeのHTL動画から、この言葉を聞きかじって理解したと思ってました。
実際のところ私は勝手に取り違えしてたと思う。
今更ながら思うのです。
私は早速、目に見える数字(お金)より宇宙の95%のエネルギー(気分)の方が上なんだと豪語して、欲しいと思う物があったら迷うこともなく自由自在にお金を使って来ました。
お金は、たった5%の影響力しかない。
それに対して私の買い物する時の気分が95%なんだ。
お金をケチる暇があったら欲しいものは買うのが最近のマイブームでした。
補足ですが、ハッピーさんご自身は、お金を出せば入ってくるとは一言も言ってません。多分。
お金は大切な人生の友達、なんでも叶えてくれる魔法の杖
大好きな実業家の本田晃一さんが言っていた。
お金は魔法の杖であり、人生の問題の大半はお金が解決してくれるし、行きたいところに行く、欲しい物を買う、そんな感じの話だったと思う。
私もその通りだと思った。お金を毛嫌いする人もいるけれど、どちらかと言えば魔法の杖だなあと思った。
そのくらい人生で大切な大好きな存在がお金だったのに、私は5%論理を誤解してお金を粗末に扱った
バランスを欠いた心(エネルギー)優先主義
95%である心に執着した私は、お金をこき使うだけの暴君になった。
少しだけ興味がある商品でも、私は迷わずお金を出して即買いしていた。
魔法の杖を無駄に使った。
お金を下僕として軽視した私は、わずかでも買いたい気持ちを優先した。
(魔法の杖を奴隷のように使った)
本当に欲しい物にお金を出すのではなく、欲しいかも知れない程度の物にお金をバンバン出していた。
(魔法の杖を使い捨ての道具にしていたような気がする)
間違えた95%主義の結果が出た
- ちょっと欲しい程度で商品購入しても、本当は興味がないので買ったらそれで終わり。
- 買ったことすら忘れて開封すらしないで、そのうちには紛失した物も多い。
- 惚れ惚れしてない物を買っても、やったー!と言うエネルギーが出ることもなく、買った後も邪魔になる程度の話だった。
お金はだけは確実に手元から出て行くし、良いエネルギーは出ない。
粗末に出したお金は、戻ることがなくなって私の元から徐々に離れていった。
その結果は、2年連続で一年で数百万円の赤字を連発してしまった。
一月でも五十万円を超える赤字を妻が陰で補填してくれていたのだった。
私は魔法の杖を奴隷のように酷使して、その結果、魔法の杖の魔力(余剰貯金)が枯渇して、もう杖を使う事が出来なくなってしまった。
95%論理の勘違いAmazon実例
AmazonさんとGoogleさんの連携なのか?
素晴らしいAi能力で、私の興味がありそうな広告が色々な場面で表示されます。
アメブロを開いても、Google検索中、他人のブログ閲覧中で表示されます。
でも、その飛び込んでくる広告の大半は、
お節介広告の商品って、実は、今私には買う必要が無いものばかりです。
自分で探してまで買うはずはないもの、つまり、お金を出す価値が薄いものばかりです。
買うのが必要な物は広告が出なくても自分で探して買うのですが、今は買う必要までではない、その程度の物に限って自動広告が表示されるので、素晴らしい販売促進ツールだと思う。
買う予定も無かった、特別必要でも無かったモノなのに買う馬鹿が私です
Amazonさんは私が少しでも興味がある広告を上手に出してくるので、その都度買うと無駄買いが多くなる。
私は目に見えない心である95%が優先だと即買いする。
私は心を優先する!とか言いながらポチっとする。
私は「自分の心」=エネルギーを優先したか?
それは私の心ではなく、Amazon販売戦略に乗せられたのだ。
形だけ見たら95%のエネルギーを優先したが
自動広告に思考が自動反応して買わされただけだ。
買っても大した喜びのエネルギーは出ず、目に見える方のお金は間違いなく減った。
エネルギーは95%の比率でも、この買い物だと元のエネルギーは約0だから、0×95だと0でしかない。
それに対して、お金(5%の世界)の出費は、金額として間違いなく手元からは消えた。
致命的:お金を粗末にした
その程度の興味が薄い商品にも、迷わずお金を払う姿を気前が良い金持ちと勘違いした。
しかし、本当のお金持ちがホイホイと何でもかんでもお金を出すのだろうか?
きっと違うと思う。
お金が大切な友なら、大切な魔法の杖なら
ちょっと試したい程度の商品で
お金君に
出て行って働いて来てと命令するだろうか?
大事な相棒である魔法の杖を酷使するだろうか?
私の使い方はまるで、お金(魔法の杖)が使い捨ての奴隷同然ではないのか?
感謝を忘れ、お金を馬鹿にしてた
引き寄せをスタートした当初はお金に感謝していた。
Amazonで買い物する時も違っていた。
- 本当に欲しいものを吟味して買っていた。
- このお金があるから買い物が出来るとお金に感謝していた。
- お金を出した先では、私のお金がAmazon社員さんご家族の美味しいご飯とか買物の力の一部分となり、日本中を自由に動いて、いつか、また、私の所に会える日を楽しみにしているよ。そんな気持ちで送り出した。
これがお金を大切に愛する人の使い方では無かったのだろうか?
こう言う人でいたらお金も私のところに集まろうとしたのではないか?
- ここ一年、私は、お金を自由自在に使う事に慣れ過ぎて、感謝を忘れた。
- お金を下に見て暴君になってしまった。
- 95%の論理を都合良く解釈した。
- お金に対して傲慢になった
- お金を浪費して来た。
私が魔法使いだったとしても、大事な魔法の杖を無駄に使っていたら、杖(魔法)が逃げて行くような映画とかあった気がするけど、まさにそんな感じにお金が逃げていったのかも知れ無い。
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