思考が現実を創る話し
- 思考が先で現実が後
- 思考が現実を創る
- 現実はあなたの思い通り
とか多くのスピ系や引き寄せ系の本やブログでも言われてます。
それはきっと真実だと私も信じてます。
前からそれは信じてはおりますが、それでも、心底信じているわけじゃ無く、こんな現実は私が投影するとは思えないって思う事も多い。
こんな現実を私自身が望むはずが無いとか思う。
それが、斎藤一人さんのYouTubeのお話がドンピシャだったのです。
自分は映写機、カメラじゃ無い
自分が映写機である。
自分はカメラでは無い。

これはどういう事か?
自分は映写機。映像を出す側であり、光を受け取る側のカメラではない。
自分のことを世間から馬鹿にされる存在だと思っていると、その思いが外に投影されて現実社会でも自分の事を馬鹿にして来る人が現れる。
心は傷付かない
私の心はあの事件で傷付いた。
あんな事をアイツから言われたから、私の心が傷付いた。
世間で良く言われる言い回しですよね。
ところが、実は、心は傷付かないそうです。
心は神様の分け御霊で、光なんだそうです。
光だから傷を付けようにも付けられない。
だから過去の記憶で心が傷付いたと思っているのは、実は心そのものでは無い。
傷が付いたのはフィルム(思い)だそうです。

この丸印のフィルムの傷が心の傷だと思っていた傷、思い。
言われてみれば
あの時に俺は傷ついた。と言う記憶があるだけ。データーがあるだけ。
その日その時は傷ついたのか?
そこもやはり私は傷ついたと言う思考が湧いただけ。
映写機にカシャンとセットするフィルムの一部分のコマが傷付いただけ。
ところが、傷付いた思いを抱えて、後生大事に何度も繰り返し、そのフィルムを思い出していると、それが投影されて同じような思いをする現実が再生されるそうです。
心は傷がついてない光なのに、また傷付いたフィルムをスクリーンに投影してしまって馬鹿らしい現実を投影するらしいです。
お陰様で信じるに至ったかも
こんな話を信じられた気がする。