元(もと)の木阿弥(もくあみ) の解説
いったんよくなったものが、再びもとの状態に戻ること。
[補説]戦国時代の武将筒井順昭が病死した時、死を隠すために、その子順慶が成人するまで、声の似ていた木阿弥という男を寝所に寝かせて外来者を欺き、順慶が成人するや順昭の喪を公表したために、木阿弥は再びもとの身分にもどったという故事からという。
gooの辞書から引用しました。
痛風発作から約2ヶ月
痛風発作で苦しむ生活になって2ヶ月程度になって急激に回復して、のんびり歩行だけなら見た目は普通に歩いている様子を装える程度までに足の痛みと腫れが回復した。
こうなると靴を履いて外出可能になり、ビッコも軽減される。
非常にゆっくり歩行する範囲内では他人にバレないので目線も気にならなくなって来た。
それでもまだ外出先で機敏に早めに歩くのは無理だが、何かを物色しながら歩いている雰囲気を装ったり荷物が重いふりしてゆっくり歩けば何とかなる。
そして自宅の中でゆっくり歩行では全く正常に戻った状態であった。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
痛い期間中にあった素晴らしい気持ち
- これまで痛みに苦しむ間は、常に意識が今にあった。
- 些細な日常に感謝も湧いていた。
- それが薄れつつあった。
- 高齢者など歩みの遅い邪魔に見える弱者にも優しい気持ちだった
- 負担が増える妻に感謝ばかりだった
- 今まで普通に歩けてた足に感謝した
- 痛みのない日常がいかにありがたいか痛感してた
- 働けるのが嬉しいと思った
- 足の痛みが消えてくると上記の全部が消えてゆく

未来を急ぐ思考
痛風期間中は、その激痛が今に意識を引き戻す。
何も出来ない身体は、思考があれこれ悩むも無駄で、流石の思考も諦め状態だった。
それのに、痛みが消えて普通が普通になってしまうと、途端に意識は先を急ぎ出す。
- ちゃんと歩けるようになったら、次はジョギングの訓練だ
- 縄跳びはいつ再開出来るのか?
- 早く歩行する訓練だ
- デパ地下の買い物に復帰出来たら、感じたのは、自分以上にもたもた歩いている高齢者が邪魔に見える
- 運転中も自分が足の痛みで慎重だった時は歓迎だった極端に遅い車の後ろ。しかし今日は遅い車が邪魔になる