追記しました。
翌日に、この話を妻に話した所、キモい!と言われました(笑)。
今日は知り合いの付き添いで病院へ
突然、病院に車を出して欲しいと頼まれて、総合病院に行ってきました。
コロちゃん禍で空いているかと思いきや、待合室はどこもかしこも密状態。
大病院に来るひとは重症だからコロちゃん禍でも待った無しなんですね。
そんな中で私も受付とか中待合室とか付き添って回ったのですが、その最中に涙が出そうに嬉しいことがありました。
突然、涙が流れそうになった
病院で最初の受付を終了して、各診療する場所に移動しました。
呼吸器に行ったのですが、そこで呼び出しのアナウンスを聞いていた時に、以前の自分や妻が患者として来院していた時の記憶がフラッシュバックしました。
総合病院だからどこも似たような音声とフルネームとか誕生日とかで呼ばれますよね。
あれで以前に妻と私のいずれかが検査待ちしていた時の気持ちが蘇ってきて。

私自身検査結果が出るまで生きた心地がしなかった。
最悪の場合は人生終了的な宣言されるかも?
結果次第では仕事に穴が開くし妻に会えない期間ができてしまう。
とか

妻が患者としてきていた時の事ももっとひどかった
妻に万一の事が会ったら私は生きてゆけないとおもって自分が病気の時以上に不安だった。

その時に比較したら今日は、私も妻も心配なく第三者として客観的に付添を果たしている状態だ。
他人の付添ができる健康と時間がある。
なんて幸せな事なんだろう!
本人は、以前の私の心境にあると思う
当の本人は今日が以前の私の心境にあると思うと、とても不謹慎な話なのはわかっている。
でも、私が彼と同じ心境になったからと言って、検査結果が良くなるわけじゃ無い。
なら、内心で涙が出そうな幸せを感じていたって良いと思った。
彼の事を心配しないわけじゃなく、面倒な入院前の付き添いに来て一日を無駄に過ごすとか、コロちゃん禍に人混みに来て大迷惑とか考えているよりは、なんて幸せなんだ、俺はって思っていた方がよほど良いと思うし。
無駄な迷惑な一日と思うか、付き添いで済んでいる今の状態を幸せだと思うかは自由選択。
やっぱり思考とか気分は自分次第だなあ。