どこまで行っても、そこは今と同じ景色だった その記憶
不安がある時の私は
この不安材料さえ消えたら、そしたら安心して生きられると思って先へ急ぐ。
腎臓病の話し
私は若い頃に、10年間くらいの期間で腎臓が悪くなって、一時は腎不全との診断を受けて入院することになった。
その時は会社を休んで、1週間の入院検査を受けた。
その入院中に不思議なことにオシッコや血液などの検査データーが回復してきて、これなら腎不全ではなくて慢性腎炎ですね。と少し改善した。
何と幸運にも腎不全疑惑から慢性腎炎疑惑に変化して、最後は正常になったのだ。
腎臓の専門医曰く、腎臓は悪化する事はあれど回復はあり得ないと。
しかし、その2週間の変化は回復だった。
その先の人生は検査ばかり
専門家の意見は治らないはずで、回復はあり得ない。
そんな馬鹿な!となる。
その先の人生は、多い時期は毎週、減ってからも1ヶ月に一回、最後は数ヶ月に一回程度で腎臓専門に検査に通った。
するとデーターが悪い時もあった。
もちろんデーターが良い時もあった。
でも、本来は腎臓のデーターとは悪いのが出たり、引っ込んだりはおかしいと言われた。
悪くなったら最後、悪化の一途だと言われた。
それでも私の身体は出たり引っ込んだり。
でも、時々悪化するし、専門家は治らないと断言するので、私は不安になってノイローゼ気味になった
- たまたま検査が良かっただけで、本当のところは私の腎臓はダメなのか?
- 風邪をひいたら腎臓には致命的と聞いたから、風邪をうつされたく無い。
- 将来は透析なんてこわい。
毎週、検査前に怯えて、結果が悪かったらどうしよう?透析?とかびびる。

結果が良好だと
結果を聞いてから数時間程度はホッとしてご機嫌になるが、
少しすると、不安な雨雲がどこからともなく頭の中に湧いてくる。
- 検査ミスかも知れない?
- 検査前に水をたくさん飲んだから薄まって良さそうに見えたのではない?
- 他人の尿と取り違えてない?
こうなると、検査のデーターが良くても、不安な日々に戻ってしまう。
今、腎臓の調子が良いのに、不安になる馬鹿者
検査結果が良好なのは願い叶ったゴールである。
一瞬の喜びで、不安な現実に早変わり
トンネルを抜けた先の景色は、やっぱり同じでした。