目次
どこまで行っても、そこは今と同じ景色だった その記憶(2)
不安がある時の私は
この不安材料さえ消えたら、そしたら安心して生きられると思って先へ急ぐ。
前回の話はこちら
トンネルの先は、やっぱり同じ景色
この検査ノイローゼ状態は、どんどん加速しました。
加速する不安、ますます見つかる不安
義務的な定例の検査を受ける>結果の良否に関係なく不安になる>更なる検査を受ける>結果良否に関わらず不安になる>エンドレス不安>>>>>>>でした。
仕事の不安までも
当初は腎臓の不安、風邪による悪化の不安、検査見逃しの不安だったが。。。。
当時の仕事(某一流企業でエンジニアしてました)で、日々、早朝から深夜まで全力投球しているのに、それでも頑張りが足りない気がして不安だった。
ライバル不安
ライバル企業の同担当に負けてないか?向こうは今も残業しているのではないか?
土日、祝日になったら不安
土日くらいは心を休めたら良いのに、何かミスしたような気がして、今手元で確認もできないので余計に不安な土日だった。
その結果として、当時の私は休日にも会社にサービス出勤して、不安な部分の解析を進めて、月曜の予習というか前倒ししていた。
ここまで頑張れば当たり前に、私の仕事の進捗が良いので、上司からは有能だと思われて、更に仕事の責任が重くなったり、もっと仕事を増やされたり、嬉しい反面で、責任も仕事量も増えたので不安は増大していった。
体調もまた悪くなったりした。
ノイローゼ状態から私はどうしたか?
長くなったので、また次回に。