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最後の許可は自分なのか

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個人コンサルで体験した事

〇〇を許さなくても良い

〇〇を許せない私で良い

普通の言葉を自分に言うだけのワークなのに?

ただ、単純に、それだけの事で心底ホッとする。

これ、たぶん、このブログを見た人は、今試しても効果を感じられない人も居ると思う。

個人コンサル受ける迄の私は正に効果なしの人だった。

心屋さんの本か?その関連の人の本か?どこかでコンサルのやり方でこんなの書かれてたのを見て私も試したけど無意味だった。

怒りの私

こんなので変わるなら苦労は無いさ!
そう思っていたかも知れない。

ところが、個人コンサルでは効果的面

言葉を語っただけなのに身体(心?)が喜んだ。

あれ?

頭で言葉を話すし理解するのだけど、喜んだのは身体の方だった。
身体からホッとする、緩む。
正にこれかと初体験でも分かるほどに明確だった。

最後は自分なのか

結局は、自分を許すのは親や他人では無く、自分自身なのか。

許すのは自分の仕事

神父様が許したとか、最高裁判所長官が私に許可したとか、アメリカ大統領が私を許したとか、ローマ法皇が許した訳じゃ無い。自分が自分に語りかけて、許可する言葉を機械的に言うだけで、身体が心が反応してホッとした。

私が私を許しただけ。しかも単純な機械的な言葉をカウンセラー(心みねこさん)に続いて言っただけの事。

それでこの体感は何なんだ!

結局は、許すのも、裁くのも、最終的な権限は私自身にあるんだと確信する体験だった。

もしかすると、私が今感じている制限、限界、善悪、良い悪い、何もかもが、似たような話なのかも?

痛風不幸からの卒業を思い出した

そう言えば、しばらく前に、長期的に治らない痛風発作に悩まされた時、発作との戦いに疲れ果てて、治る事を諦めた時、初めて心が幸せになった時があった。

絶望した時に、もう治らないなら、このままで俺は幸せになってやる!回復を待たずに今幸せ!と意味も無く決めたら幸せが見えて来た体験が今も忘れられない。

痛み苦しみのドン底とも言える万年痛風発作の中で、地獄から幸せに切り替わるのは一瞬の出来事。

その時に起きた事は、自分に幸せを許可しただけ。

少し前までは完治したらと条件を付けていた。完治したら痛みが消えたら幸せになれると。

ポチ気分

今の私も、大金持ちになったら安心出来る。とか、ポルシェ現金で買えるなら幸せとか、コロナ禍を乗り越えて事業拡大出来たら安心とか、何かと幸せの条件を今も付けてるけど、これも私次第なのかも知れない。なんか、良い事を思いついたのか?

やっぱりそうみたいだ

なんか、やっぱり自分が許可、自分が優しく、大切な事が伝わる感じ。

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