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悪い気分も受け入れ次第 21日目(2020/01/26)

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良い気分を選択する

この引き寄せ実験から二十日程度。

1日1日を、そして、どの時間帯も自分が気分良いのか?我慢してる中?感じながら、自分に寄り添い大切に生きるようになって来ました。

下らない取り越し苦労は、相変わらず、やってしまう事もある。
けれど、それは非常に勿体ない時間だと明確に思う様になってきた。

前の私だったら、

「どんな心配事でも、それが100%取り越し苦労とは限らない。もしかしたら備えあれば憂いなしになる可能性がある。だったら先々考える価値もある。」

そう考えて、心配事を考えるのが社会人として正しいと思っていた頃がある。

でも今は、考えても分からない先の取り越し苦労に時間を使うよりも、いかにして今を大切にするか、自分を大切に気分良く過ごさせてあげられるか?そう言う時間の使い方に忙しくなっている。

たとえ嫌な気分でも

良い気分を選択し、嫌な事があったら、本当に望む事を見つけ出す。

この作業の繰り返しを継続していたら、いつの間にか嫌な事に巻き込まれても、短い時間で、見る対象、客観的な視点になり、嫌だと思っている思考を気分良く眺める時がある。

嫌な気分も、気分良く観る

今日は、何となくやる気が出なくて、どことなくどんよりしていた。

それに観照する気分は、どんより薄暗い気分も受け入れている。

ソリャ常に気分は上々ハイではいられないよね。分かる分かる。

こうして、気分が落ちている事にも、受け入れてしまえば、良い気分を目指して、ジャッジする事もない。

受け入れ

受け入れるって、何とも便利で、穏やかで、楽な状態だと思った。

元々意識としては全受け入れ

思考(自我)としては、受け入れたら楽になったとか書いたものの、そもそも意識の視点からすれば、どんな思考も、どんな感情も区別なく受け入れている。

とやかく言って、拒否して苦しんでいるのは自我だけなのかな。

嫌な気分があるから良い気分を味わえる

しかも、嫌な気分にならなかったら、良い気分の心地良さを感じる事は出来ない。

嫌な気分がこの世から消えれば、同時に良い気分も消えてしまう。

山が消えたら谷も消えるのと同じことになる。

嫌な気分は、良い気分の一部分。表裏一体で悪いものでは無い。

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