執着を手放し、両方とも受け入れる事

出来ているつもりで生きてきた

引き寄せに限らず、スピ系、悟り系では常識中の常識なのは、両方受け入れる事。

  • 表裏一体
  • 山があるから谷がある
  • 光があるから影がある
  • 男と女
  • 勝者という概念が敗者を作る

アニメのクレヨンしんちゃんでも「胸あってこその谷間」という名セリフもある。

こけこ さんのブログでハッとした

https://ameblo.jp/000fuji/entry-12603214979.html

痛風発作は二度と御免だ

最近の日常は、痛風発作の痛みに耐えかねて、不便な足の痛みに面倒臭いし、痛みが全身疲労に繋がって疲れるので、兎にも角にも辛い現実から逃げたかった。

この気持ちから痛風を押し除けて、痛風の完治した姿を快適な身体をイメージして過ごしていた。

引き寄せの法則では、

欲しいイメージをして、その気分を味わって、信じて待つ。

そう言われている。

それを忠実に守っている最中なのだけど、

こけこさんのブログを見た時に、何かが引っかかる。

  • 痛風の痛い身体が嫌だから、快適な体を求める。

この苦しみが強烈な今の身体ではなく、痛くない、辛くない、健康状態の体が欲しいと、痛くない身体に執着するのも致し方ない。のではないかい?

痛風の激痛の身体&快適な痛くない身体

この両方を受け入れるのは、万人にとってあり得ない選択ではないのか?

誰でも痛みから逃げたいし、あまりに痛いと、痛くない体に執着するほど強く願うと思う。

パラドックスだったのか

痛くない身体を強烈に欲する私。

ということは、今私は強烈に痛い身体です。と宣言していた。

宇宙には今しかない。

今、発しているバイブレーションにあった現実がやって来る。

私のチャンネルは強烈に痛み苦しみのチャンネルに合っている。

これ、自分の今現れた現実は受け入れた上で、次に進むしかないのか。

痛いからこそ、快適な身体が好きだ。と心の底から知ることが出来た。

痛い身体がなければ、自分の望みに気づくことが出来なかったのだ。

痛い身体がなかったら、痛くないのは当たり前だと見過ごして、ありがたみもないし感謝もなし。

モデルさんの様なボディーに憧れて、そうではない自分のボディーに細かくダメ出しして、歩ったり走ったり出来る自分の体に感謝せず、もっとすごいヨガの先生とかに憧れていた。

自分の今までの普通に使えていた体にありがとうと言わないで生きてきた。

この痛みのある身体になったお陰で自分をもっと大切に愛せる様な気がしている。

こんな人が書いてます

お気楽ポチ(シバ犬になりたい)サイト管理者
凡人で、高齢者(定年退職の年齢)で、特別なにも無い人、いまさら引き寄せの法則に興味を持ち実験して果たして物になるのか?
ポチのアメブロのやってます。
ポチのアメブロ

そんなブログですが、今更ブームも終盤の引き寄せの法則に、高齢者が実験中のブログ公開して誰が見るのか?

とか言っている間に、実験スタートしたばかりでコロナ時代になって景気後退、さらに痛風に襲われて死ぬほど痛い中でも気分だけは俺の自由だと強がっている。
そして誰の役に立つのか?
と言われそうですが、それは私の役に立つからです。

ブログを書こうと決めた事で、日々の生活の中で思考を眺め続けるモチベーションになる事を発見!

引き寄せに大切な良い気分の選択を持続する為のモチベーションにつながるからです。

引き寄せの法則的なブログの人や著者達は沢山いるけれど、彼らの人生を読んでみると、子供時代から普通と違っていたりして、そもそも最初から違うんじゃ無いか?彼ら彼女らは特別な人類だと思うエピソードを目にする都度、この人も別格か。そう思ってゲンナリします。

それでも諦めきれない私がいます。

超凡人だし、間もなく定年退職年齢だから若人と違って知識と経験と体力をこの先に付けられる状況にない。こんな私にも引き寄せなんて出来るのか?常識的に無理すぎる現状からスタートする引き寄せ実験をブログに加えました。
アメブロは主として自分の備忘録として他人の興味あったブログをブックマーク目的で活用中。

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