足が痛すぎる!

悲しいしば犬
痛風

昨日の祈り虚しく

だから昨日のブログでは、この今回の痛みを最後に再発したくないと祈ったのに。

願わくばラストにして欲しい!と願ったのに。

昨日のMRI検査で、腫瘍、骨の変形がなく、溜まった水が消えるまで経過観察となった私の右足でした。とりあえず良かった。

あのまま痛みが収束するだろう。そして今度の痛みでラストになると祈ってました。

そう思って見てました。

今朝からピークの痛み

今日は痛い、痛すぎる。

歩かないでジッとしていても、ジンジン、ビリビリ、ズキンズキンと痛い。

そのレベルは気絶しそう。吐き気がしそう。

気持ちをそらそうと努力しないと、本当に地獄の中にいる感じ。

しかも、こんだけ痛むと色々と将来への不安が出てくる。

足が腐れ落ちない?

骨がそろそろ変形するんじゃない?

痛みと不安から離れる坐禅手法

気のそらし方のコツ

痛風になった人ならわかるはず。

この痛みはそう簡単には気をそらす事が出来ない。

痛風未経験の人でも想像は出来ると思う。

この激痛、切れ目のない痛み。

ここで気をそらす方法は坐禅や瞑想などで思考と感覚が区別されてないと難しいかもしれないけど、でもコツがつかめたら誰でも出来る。と思う。

思考と感覚の違い

結論から書くと、コツは、今リアルに存在する感覚だけ受け取る。

  • 感覚だけに意識を集中する。感覚は今ここにある感覚。
  • 思考は、その感覚から後付けされて生じる言葉と苦しみの感情。

この二つを分離して、出来るだけ後付けの思考による苦しみに巻き込まれてないで、今リアルにある感覚に意識を合わせる。

もちろん、痛風の痛みがリアルに今あるので地獄と言えば地獄だけど、思考が地獄だと苦しみだと、不安だと後付けする以前の今この瞬間にいると、ジンジンと言う感覚だけがある。

不安ではなく感覚だけ。

地獄と言うラベルがない、感覚だけ。

感覚もキツイけど、地獄とか思っている不安な思考よりマシ

とにかくリアルにある感覚は感じるのみ。

苦しみの思考(言葉の地獄とか苦しいと言う後付け、将来への不安)が無いだけでもずっと苦しみが軽くなる。

この感覚がつかめてきたら、感覚を足先ではなく、呼吸とか庭の鳥のさえずり、ベッドの感触など自分がホッとする感覚に移動する。

移動できたら、その一つの感覚を一点集中で感じる。

まさか10年近い坐禅と瞑想の趣味が、この痛風の役に立つとは予想もしてなかった。

誰かの役に立つ記事だったら、痛みの中で書いた甲斐があるけど。

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こんな人が書いてます

お気楽ポチ(シバ犬になりたい)
お気楽ポチ(シバ犬になりたい)サイト管理者
凡人で、高齢者(定年退職の年齢)で、特別なにも無い人、いまさら引き寄せの法則に興味を持ち実験して果たして物になるのか?
ポチのアメブロのやってます。
ポチのアメブロ

そんなブログですが、今更ブームも終盤の引き寄せの法則に、高齢者が実験中のブログ公開して誰が見るのか?

とか言っている間に、実験スタートしたばかりでコロナ時代になって景気後退、さらに痛風に襲われて死ぬほど痛い中でも気分だけは俺の自由だと強がっている。
そして誰の役に立つのか?
と言われそうですが、それは私の役に立つからです。

ブログを書こうと決めた事で、日々の生活の中で思考を眺め続けるモチベーションになる事を発見!

引き寄せに大切な良い気分の選択を持続する為のモチベーションにつながるからです。

引き寄せの法則的なブログの人や著者達は沢山いるけれど、彼らの人生を読んでみると、子供時代から普通と違っていたりして、そもそも最初から違うんじゃ無いか?彼ら彼女らは特別な人類だと思うエピソードを目にする都度、この人も別格か。そう思ってゲンナリします。

それでも諦めきれない私がいます。

超凡人だし、間もなく定年退職年齢だから若人と違って知識と経験と体力をこの先に付けられる状況にない。こんな私にも引き寄せなんて出来るのか?常識的に無理すぎる現状からスタートする引き寄せ実験をブログに加えました。
アメブロは主として自分の備忘録として他人の興味あったブログをブックマーク目的で活用中。

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