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言われた一言から健康不安になる自我

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今朝、父から言われた一言から不安

ショボン

お前は尿検査とか受けているのか?

ハッとする私

何故?

ショボン

お前の後にトイレに入ったら、片栗粉の様な変な匂いがしたから心配になった。

との事。

青ざめる私

片栗粉の匂いってイメージが湧かない変な例えだと思いますが、一瞬にして気にして、不安に落ちた私がいた。

私は若い頃に腎臓を病んだ経歴があるから、尿検査とかは不安材料になりやすい。

だが、二十代で完治して、既に60目前だし、更に、ここ10年は尿療法しているし、何を今さら、父の一言で不安になる必要があるんだろう?

尿療法して、別に香りも味も変わり映えしてないよ。
それが何よりの大丈夫である証拠じゃないのか?

自分が出した直後の尿をコップで摂ってダイレクトに嗅いでも、ほとんど匂いは無い。
(尿療法で知ったのだが、実は新鮮な尿は無菌なので、ほとんど臭く無い)

水洗トイレで流された後、この微香な尿の香りを父が嗅いで何が分かるのだろうか?

そんな事を論理的には考えるのに、それでも不安に引っぱられている私がいた。

悲しい私

でも、最悪何かあっても怖い。だか、私は腎臓病で医者を頼る気はないから検査しても、結果悪くても怖くなるだけ。

尿療法以外に病の治療とか対策する気が今は無い

私が西洋医学に頼るとしたら、目的は痛みの軽減、外科的な怪我した後の縫合などの治療、歯の治療、その位です。

肉体の内部の病、内臓の問題は、西洋医学による小手先の治療は望まないから。

身体が症状を起こす時、身体の変化する事は、それが病気と言うラベルを貼られても、この私の視点では、悪い事としか見えなくても、きっと最善の動きなんだ。と信じている。

そこを西洋医学の小手先の治療、解熱剤とか抗生物質とか、手術は嫌で、肉体の行う最善を邪魔するのは嫌なんだ。

ここまで意思が決まっているなら、父に言われて何を不安に? 

  • このまま慌てて医者で検査して、何か言われたら治療するの?
  • 検査の閾値だって、病人(お得意様)を多く作りたいから厳しく設定してないの?
  • 俺は、病人というラベル貼られたいのか?
  • そもそも治療を望まないのに何のために検査するの?

厳しい基準でもok出されたら安心できるからかな?

  • でも、健診マニアさんも突然手遅れ言われて短期に死ぬ人は多々見て来たよ。
  • 健診でokでも不安は消えないよ。
  • どうせいつかは死ぬ命。
  • なる様にしかならない。
  • 慌てても死ぬ時は死ぬし、助かる時は助かるんだろう。
  • だいたい、父が何の匂いを察知したのか?それすら分からない。
  • それに父は医者でも無い。

その昔、健診マニアだった私は結果が良好でも、一瞬喜んでも、検査ミスや見逃しなど色々不安になったのを今でも覚えていると思い出した!

自分を見つめ直す

  • 私は、病は怖いって当たり前だよねー。
  • 早期発見が大切だと信じてたのね。馬鹿だったねえー
  • 健康診断で早期発見が良いと良く言われるから、それを信じてたのね。
  • 健康診断を熱心に受けている人が、突然、手遅れになって死ぬのをよく見聞きしているのに、それでも信じてたんだね。逆に不安になるのに。

早期発見したら、どうにか出来る!
だから早期発見しないと大変なことになる!
急げ私!
見逃すな兆候を!

そんな事を思っているから逆に不安になる

死ぬ時は死ぬ。助かる時は助かる。
一つの病を気にしても、他に何が明日あるかもわからないよ。
記憶喪失だって突然やって来たのは経験したし、脳梗塞で死ぬのだっていつ来るか分からないんだ。

私は記憶からできている
記憶の集合体である思考、自我だ。

私(自我)が、過去に取り入れた情報からだけ判断して、それで未来がわかる気になって、不安になるのも仕方の無い反応だし、死にたく無い不安は生きる人として当たり前じゃないか。

とにかく西洋医学に拒否感のある私は、治療したくない、検査もしたく無い。

ここが変わらないなら、父の根拠の薄い言葉を気にして不安になるのは得策では無い。

引き寄せ的にも、こんな気分は損するし。

少し落ち着いた

思考が先にあり、現実は創られる。

これを信じるとすれば、この父との会話は私の作り出したの?

この現実を創造したのは私だった

ハッとする私

やっと原因を思い出した!

コロナ禍で、持病のある人が死ぬと言う情報から、
私は何十年間も、ほとんど忘れてた腎臓を気にし始めたのが数日前だった。

もし、私の腎臓が弱いなら、知らぬ間に悪化してたら、コロナになったら、その風邪が最後の一滴となり死ぬかと知れないと。

そんな事をふと思ったのは、ここ数日前だった。

気分の悪い時、万事良好の流れを妨げているとサラとソロモンで言ってたので、その後はあまり考えない様に努力して、他の事に意識を向けたけど、まあまあ、重く考えたのは記憶にあった。

その不安だった内容を、感情を

父が私の代わりに、腹話術の様に語ったのだろう。

凄いぞ、私の思考と感情のエネルギー!

こんな直ぐに現実化して父の口を操り、私の不安をやっぱりねと言わしめる。

達人レベルだな引き寄せの法則

さあ、どうする私?

こんな時に気をつけるべきは、

腎臓病が怖い。だから健康が良いのだ!
では思考と感情共に間違えている。

嫌な腎臓病だと気付いたら、もうその時点で病の不安は用無しだ。
即、なりたい自分をダイレクトに望む。

ポチ気分

健康な体は自由があって、楽しく過ごせるから健康なのが大好きだ!

これで良いのだ。きっと良いのだ。

例え、死ぬまでに入院しなければだめな事象があったとしても、それでも何があっても気持ちだけは、ダイレクトに望みに向ける訓練はやめないつもり。

何が何でも、何があっても、それは単なるアラームで、自分の望みを見つける道具にするんだ。

そう見たら、全ての出来事は悪く見えても絶対に感謝する対象になるはずだから。

我ながら、今日の不安な1時間は、とても実りある大切な時間だったなあ。

ほら、やっぱり何でも感謝になるんだね。

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