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お陰で感謝溢れる

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最近、仕事、プライベート共に残念な出来事が連続。
しかも、結構ヘビーな内容でした。

坐禅、瞑想中、思考は「単なる思考」として見える。とか言っていたけども、日常意識は思考に同化して、不安に飲み込まれたり、自分(存在しないはずの自分)が無力を感を痛感したり、落ち込んだり、気弱になったり。

自信もプライドもポキっと折れて、この類の事で気弱になったのも数年ぶり?

今も、その不安を感じるクソ忌々しい現実は、1ミリも改善してない状況。

でもこれで良かった

こんな不安の中ですが、気弱になったら儲け物があった。むしろ今回のこれで良かったかも?
と思う気持ちも出てきた。

全てに対して感謝が湧く

気弱になって、不安になったら、
今まで自分の力(自力)で、絶好調に生きて来た(と思い込んでいた)はずが、
実は、全て勘違いで、自力でなどやってないと理解する。

そうとしか思え無くなった。

何一つも自力でなんて生きてなかった。

例えば、水を飲むにしても、水道の蛇口をひねる、ペットボトルを買って飲む、そんな簡単な行為で水が飲めるが、そんな簡単に水が飲めるのは完全他力。
自分で水を川から汲んできて、濾過して、とかやったら大変なのに、いとも簡単に飲めている事に感謝が湧いてくる。環境を構築した全ての人たちと自然に感謝したくなる。
その水道、ペットボトルの水を飲むに使えるお金がある事にも感謝したくなる。

息をするのも、空気は自分で作れる物ではなく、下手すれば大金で売られていたら大変なのに無料であふれている地球環境がありがたい。

ズボンを履く当たり前の事でも、私には自力でデニム生地は作れないし、ジッパーも作れないし、ボタンも作れないし縫製も出来ない。
仮に自分で作るとしたら、長い年月と設備投資と、多分、想像できてない部分も含めて、とてもこんな安価には作れない。

車を運転する毎日も当たり前だと思って感謝のかの字も無かったが、ガソリンだってありがたい。
現地で原油採掘する場所を探したり、パイプラインを作ったり、日本のガソリンスタンドを各所に配置したり、自動車の鉄板も作れないし、エンジンも、ヘッドライトも作れないし、それこそスイッチ1つも作れない。
仮に作ったら時間とお金が膨大にかかるのに、素晴らしい車がこの程度の価格で買えて、ガソリンを入れて、安全な交通ルールの敷かれた日本の道路交通法の元で使う事ができる。

道路自体だって、昔は「年度末の税金の無駄使い」とか言ってきたが、それでも自分のわずかな納税では、こんな素晴らしい舗装道路になる訳もなく、でもそんな道路が無料で使える。

高速道路だって、わずかな金額で自分の時間が浮くし、快適に走行できて文句など無かった。

目に写る物の全て、1つの例外なく、この調子で感謝感謝だ。

体臭が臭い年寄りが近くに来た。
一瞬、くそ!って思いかけたが、今回は違った。
異臭を嗅ぎ分ける嗅覚に感謝、そこから離れて無臭の空気を満喫できる事に感謝。

不満が激減した

こんな感じで感謝ポイントに満ち溢れてしまったので、今日は不満に目が行かなくなってしまった。
あるいは、一瞬、不満は出ても、その不満を感じる能力は感謝、そしてそこから快適を探す能力であり、快適に向かって変更できる感謝になる。

こうして不満が激減して、不満は短時間になり、こうなると不満は快適を目指すセンサーでしかない。感謝すべき物。

結果、既に幸せ

ヘビーなクソ忌々しい現実は全く解決されてないけど、私の頭の中には、ありがたいと思う事ばかりが映るので、
今まで不満を感じていた場面ですらも、感謝の数に打ち消されて不満を感じる暇がない。

現実は改善してないけれど、至る所に感謝が転がっていて、そこに今の所は例外が一個も無く、全て感謝ばかり。

冒頭で不安に襲われた状況は改善してないままで、感謝ばかりで不安も出てくるが、感謝のお陰で短時間になったし、そもそもこの状況で不安になるのは人間として当然。

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