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痛みに感謝しない訳には行かない理由

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痛み再発で目が覚める

昨日ので繁華街の高速歩行をやった時。

昨日は、やっと完治する間近だったのに、ちょっと頑張りすぎた。

歩く時に、爪先を曲げて、力強く歩こうとすると、少しは痛みがあったにも関わらず、繁華街のアーケード街を誰よりも俊敏に、しかも連続で1時間近くも歩ってしまった。
最初は痛みを我慢していたが、足の温度が暖まったら、痛みが分からなくなって、これは鍛えるチャンス到来と勘違いした。

2ヶ月間も使われなかった爪先の関節が、当初は久しぶりだから驚いて痛みがあっただけで、曲げ伸ばしの訓練で痛みが無くなって正常になったのだと勘違いだった。

その日の夜、少し痛みが出て来た。

翌朝にはビッコに戻っていた。

再発にも感謝

その再発を感じた途端に、私は痛風発作中の2ヶ月間の感謝の溢れる日々を思い出すことが出来た。

再発の救い:1

ただ、この再発で救いなのは、このところ酒は飲んでないし、食事も最強の痛風メニューで過ごしている。そして何よりもストレスなしで生活しているので尿酸値の悪化とは思えない。

そして足の痛みは例の痛風でやられた関節だけでなく、足の裏など長らく使ってなかった場所も含めて両足が痛いので、明らかに急激なジョギング並みの高速歩行で1時間と言うのがやり過ぎだったと思われる事。

痛風の血液の値が原因?と思わないで済むのが救いであった。そうするとケガみたいな話だから。

再発の救い:2

喉元過ぎれば熱さを忘れて、元(もと)の木阿弥(もくあみ) の道を進んでいた私にブレーキになった。

今回の高速長時間の歩行に至った最大原因は何か?

恥ずかしながら、妻とのプチ夫婦喧嘩だった。

その時は老舗デパートに妻の新しい枕を買いに来た。
そのついでに私のメガネを新しいのを新調する検討のアイディアが出て、繁華街に数店舗ある老舗メガネ屋さんを巡回して好きなフレームがあるか?物色しようと思った。

妻に言われたのは

デパートから近い場所だけなら良いけど、繁華街を遠くまで歩くのは無理だから。
車を一度デパートから出して、遠くのメガネやさん近くのコインパーキングに入れるとか、後日にするとか考えて。

これは私の足を気遣っての事だとは思うのだけど、私は自信過剰だった。

デパートのゴールド会費を払っているのだから、ゴールド特典の駐車場延長チケットを使えば追加料金はかからない。足も全店舗でもゆっくりと歩けば大丈夫。

私、駐車場の延長特典チケットを忘れて来た。

いつもカバンに入れてるはず。。。。。

去年のチケットのままだったの、今年の新しいチケットに入れ替えるの忘れてた。

  • 妻の忘れ物発言を聞いて、私は内心では妻を責めていた。
  • 何のために年間のゴールド会費を2人分も払っているんだ。
  • 他の駐車場に入れ直したり、タクシーを使ったら意味がない。
  • それにチケットを忘れてくるなんて信じられない。
  • そもそも、忘れて来てたから、誤魔化しもあって遠くに行くのを反対したのではないか?

そんな嫌な気持ちも少しだけ湧いていた。

この世で一番大事な妻

  • 私は妻を心から愛している。
  • 生まれ変わるのであれば来世も一緒に生きたいと思っている。
  • この先の人生は妻の為だけに捧げたい。
  • 妻の幸せを第一義に生きると決めている。

それなのにバカ

私はこの世で一番大切な妻に不機嫌な態度をとった。しかも原因は数百円の駐車場代を自腹かサービスか、そんな下らない理由なのに。それでも口に出さないでも私は態度で妻の忘れ物を責めていた。

その自分の感情と態度には数分で気がついた

なのに、それでも自分の気持ちを制御できないまま30分間くらいは嫌な雰囲気でいた。

せっかく気付いたのに、ダブルでばかな私だった。

この世で一番大切な妻にストレスを与えてしまって長時間だ。

私のマインドは、その怒り状態のコントロールに30分もかかったよ。

坐禅、瞑想で観照視点を得たなんて嘘だね。

猛反省

メガネのフレーム探しなんて当日の単なる思い付きだった。

メインは妻の枕を買いに来ただけ。

元の用足しだけなら駐車場の延長チケットなんて不要だった。

仮に延長が必要であっても、大切な妻にストレスを与えるほどの出来事なんて一つもない。数百円払うかどうかでしょ。

妻には、2ヶ月の痛風発作中にどれだけ世話になっていたのか?

妻に感謝していたし、ただ歩けるだけでも幸せだった。

その幸せを感謝すべき色々を忘れて、単なる駐車場のお金の数百円から千円程度のために気分を害したのか。

多くの感謝(今ある感謝)を忘れてた

  • 痛くない足があれば幸せだった
  • 歩けたら幸せだった
  • 妻の用事でお出かけが出来ることが嬉しかった
  • 妻の家事負担を減らすために自分が出来る家事が出来る身体に戻れたら幸せだった
  • 妻の為に車を運転できる身体があれば幸せだった
  • お金や仕事を仮に失っても妻と散歩できる健康だけあれば幸せだった

この数多くの当たり前っぽいけど、実は失ったら悲しい多くの感謝が見えなくなって、先を急ぎ、効率を重視する昔の思考パターンに戻っていた。

元(もと)の木阿弥(もくあみ)から目覚める

元(もと)の木阿弥(もくあみ)だった私の傲慢な思考が目覚めて、感謝が蘇るチャンスをもらえた痛みの再発に感謝しない訳には行かない。

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