被害者意識は自分の心を加害者に差し出す愚行

私は、あんな事をされたんだから、イラつく権利がある。

当然、ここは怒るでしょう、怒って良いでしょう。

だって、さっき、こんな事をされた。どう考えても私には非はないし、あちらは異常だから。

この被害者である事を確認する最中は、ずーっと、嫌な気分を引き継いでいる。

しかし、待てよ。

これって実に気分が悪い。

怒りに正当な理由があり、道交法的にも私が正しい立場だとしても、道徳的、人間的に私が正しいとしても、怒っている間は、さっきの経験を思い出して、ずっと嫌な気分である。

どんなに自分を正当化して、事実を思い出して、私の正しさ、相手の間違いを検証しても、それによって相手の非が明確になっても怒りが増大するばかり。

気分を大切にする引き寄せ実験者としては愚行

何よりも大切な私の気分。

そこを加害者に差し出していた。

被害者としての立場を確立するよりも、一刻も早く良い気分に戻れる思考を選ぶべきだった。

怒りを我慢するのは嫌な事だ。しかし、これは我慢とは違う。

良い気分の選択であり、怒りたい事を我慢するのとは訳が違う。

私自身の選択だ。良い気分を選択すると、同時に怒ってる事は出来ない。怒りを我慢する必要も無くなる。

どんな理不尽な事をされたとしても、今すぐに、気分を切り替えるべきだった。

正義が私にあるとしても

人として怒るべき理由があるとしても

道交法として私は正しい、相手は違法でも

この全てより、良い気分の選択より重要な事などない。

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こんな人が書いてます

お気楽ポチ(シバ犬になりたい)
お気楽ポチ(シバ犬になりたい)サイト管理者
凡人で、高齢者(定年退職の年齢)で、特別なにも無い人、いまさら引き寄せの法則に興味を持ち実験して果たして物になるのか?
ポチのアメブロのやってます。
ポチのアメブロ

そんなブログですが、今更ブームも終盤の引き寄せの法則に、高齢者が実験中のブログ公開して誰が見るのか?

とか言っている間に、実験スタートしたばかりでコロナ時代になって景気後退、さらに痛風に襲われて死ぬほど痛い中でも気分だけは俺の自由だと強がっている。
そして誰の役に立つのか?
と言われそうですが、それは私の役に立つからです。

ブログを書こうと決めた事で、日々の生活の中で思考を眺め続けるモチベーションになる事を発見!

引き寄せに大切な良い気分の選択を持続する為のモチベーションにつながるからです。

引き寄せの法則的なブログの人や著者達は沢山いるけれど、彼らの人生を読んでみると、子供時代から普通と違っていたりして、そもそも最初から違うんじゃ無いか?彼ら彼女らは特別な人類だと思うエピソードを目にする都度、この人も別格か。そう思ってゲンナリします。

それでも諦めきれない私がいます。

超凡人だし、間もなく定年退職年齢だから若人と違って知識と経験と体力をこの先に付けられる状況にない。こんな私にも引き寄せなんて出来るのか?常識的に無理すぎる現状からスタートする引き寄せ実験をブログに加えました。
アメブロは主として自分の備忘録として他人の興味あったブログをブックマーク目的で活用中。

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