風邪引いて幸せを知る

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コロナ禍の中に風邪

2年ぶり?風邪引いた感じ。

人に悟られないように引きこもる。

熱は2日目に上がり、その後は下がって、ただ体調が良くない。

酸素濃度もok

味覚もある。

コロナの疑いは無さそうだが、時節柄、風邪の症状がある事は人には言えない、そんな様子も見せられない。

じっと寝室に引きこもり、のんびり過ごす。

布団の中で、呼吸だけをゆっくり楽しむ。これしかする事はないから。

身体の向き、手足の置き場を1番心地よい場所に時々移動してみる。

これだけでも意外と気持ちよく、普段は無視していた細かな身体のリクエストに応えている。

頭の中は極力何も考えない。

考える時は、気分の良い事だけを考える。

布団の中だから、これしかやらない。

尚且つ、やれる事はこれしかない。

逆に、これが良いんだと思った。

何も出来ないから、こんな非生産的な時間だけを過ごせる。

元気な普段なら、毎日、複数のブログ(ここ以外にも3つある)を更新して、それなりに忙しい。

それ以外の時間も、何かすべき事、した方が良い事は無いかな?と頭の中と周囲をサーチしてする事を探す。

だから元気な1日はあっという間に終わる。

私の元気な1日は、極力好きな事だけをする毎日でも、なんだか慌ただしい日々だった。

今日は、何も出来ない体調だから、強制的に布団の中で瞑想的な過ごし方しか出来なかった。

呼吸しかする事が無かったから、呼吸を丁寧にする事が出来る。

呼吸だけに専念していたら、これが幸せの基本だった。何とも心地よい。のんびりした時間。

体調悪くても、これが出来れば悪くも無い。

逆に体調悪くて、ここに落ち着く事が出来て、良かった感謝すら湧いてくる。

ゆっくりリラックスして深呼吸が出来たら100点満点。

これ以外、ブログ、仕事、様々な行動や思考は、呼吸に比べたらトッピング。

毎日、何か楽しい事をしなければ、人生、今日には限りがあると焦らなくて良かったのか。

何もしなくても呼吸が心地よいだけで幸せ。

何かしなくては、世の中に役立つ事しないと存在価値がない。と思うけど、世の中の役立つ事とイメージするのは、経済活動がメインで、それって国力に貢献する事ばかり。

これも、昔からの支配者層の教育なのかなあ?

話が大きくなってしまった

日記に書きたかったのはこれだけ

今日の日記は、幸せな時間を過ごすには、深呼吸出来たらそれで良く、仕事や趣味は、幸せな時間のトッピングのバリエーションの一つに過ぎない。

そんな事を感じた風邪の日の日記。

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